父は諫早湾の絵を描くようになってから、写真を撮り続けていました。今になっては本当に貴重な写真になりましたが、惜しいことに散逸してしまった物もあるようです。手元にある物を送ってもらいアップします。人間がいかに傲慢で、いかにひどい自然破壊をしたかが、この写真だけでも分かると思います。失われた自然は戻らないのです。


諫早湾水門にて


桟橋(父撮影)
2004.10.30上の写真と同じ場所でタッカルビ撮影写真。

今現在工事が差しとめられているようで本明川の流れもあり、少し自然が戻って来ていました。
(父撮影)
ここで父は「漁を待つ女」という絵を描き、おばさん達と仲良くなりました。
「漁を待つ女」父の絵です。この絵は、個人にあげてしまったそうで、手元にありません。


(父撮影)
深海の港、今は埋め立てられ、草がぼうぼうと茂っています。


父が描いた深海の港。この絵は自宅の玄関に飾られています
現在の深海港 2004.11.21タッカルビ撮影

人間の愚かな行為の結果がこれです。



2004.11.21タッカルビ撮影

かつての豊かな海に生い茂る草。その中をわずかな澪が流れていきます
向こうの山が雲仙


(父撮影)

(父撮影)
漁船は、潮があるときにしか航行できないのでこの澪つくしに沿って、漁に出かけたのです。

(父撮影)幻想的な有明海の写真です
上の写真のような景色が下の作品になったのでしょう。
(父撮影)
上の写真がこの絵になったようです
(父撮影)

(父撮影)


(父撮影)
1988(父撮影)
映っているのは若かりし頃の母
1987 (父撮影)
上の写真撮影と同じ場所
映っているのは若かりし頃のタッカルビ母子
(父撮影)
秋のハママツナ
父や母は、ハママツナというのですがいろいろ調べてみたら、諫早湾のは
シチメンソウではという意見もありました。いずれにしても絶滅。

この夕景色は2度と戻らないのだろうか

(父撮影)

1998年(父撮影)
 母と水門をバックに


1999年12月タッカルビ夫撮影
真冬の夕暮れと言うこともあったがあまりの惨状に涙が出た写真です
タッカルビ夫撮影
この堤防の左側の草むらがかつて豊かな海であった
タッカルビ夫撮影
この写真の後ろが桟橋






2004.10.30撮影
以下の写真はタッカルビ撮影
最後に人間のなした自然破壊を紹介します
2004.10.30.全日空飛行機より撮影
羽田から長崎へは,ANAと,JALは、航路が違い、ANAの方が、諫早湾の真上を通っていきます。真ん中中央のラインが例の汐留堤防、右側の白っぽい方が、諫早湾、左側が有明海。右上の山は雲仙です。


父の紹介

















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