滅び行く諫早湾を描き続けた父の絵です。今となっては貴重な記録になったと思います。



「干拓前の諫早湾」


諫早市民展 諫早市長賞・諫早美術協会賞受賞

諫早の市長さんが一番好きだと褒めてくれた作品で、諫早市役所に一時展示されました。
   

(1987年夏諫早湾桟橋の前で、タッカルビ母子の写真)


「牡蠣むく女」

平成9年長崎県日本画展出品作品

モデルになったのは佐賀県鹿島市の海洋センターでの女性。背景のムツゴロウなど細かく描かれています。

諫早記念病院に寄贈
   
父の入院見舞いの折りに諫早記念病院で母と撮影


「諫早湾深海港」

昭和61年
長崎県美術展第1回初入選作品


今は埋めたてられてしまい、この風景はなく面影すらありません。上の絵と同じ場所で母子3人、父が撮影してくれた写真です。玄界灘の荒波に育った父には有明海のこの景色がとても印象的で、毎朝、5時に起きて通い続け写生に努めた作品だそうです。 



「姉弟」

昭和62年
長崎県美術展第2回目入選作品

3人の孫を描いた作品です
 


「佐世保干尽海岸」

昭和63年
長崎県美術展第3回目入選作品



「平戸薄香海岸」

長崎県美術展第4回目入選作品 

長崎県美術展初入賞作品
 



長崎県美術展第5回目入選作品 

長崎県平戸市津吉公民館に寄贈 



「干拓前の諫早湾」
平成2年
長崎県美術展第6回目入選作品 

2004.10.30現在、このあたりは一面のコスモス畑になっていました。残念です
2004.10.30父と


「干拓前の諫早湾」

平成3年
長崎県美術展第7回目入選作品 



「街角の電柱」

長崎県美術展第8回目入選作品 

日本画の本流日本美術院監事松尾敏雄先生に直接ご指導をいただき、「「身辺の何気ない風景を取り上げているのが良い」と、お褒めいただいてとてもうれしかった作品。

諫早記念病院に寄贈
松尾先生のご指導を受けて父感激
父の入院見舞いの折りに諫早記念病院で母と撮影


「早朝の高城公園

平成5年
長崎県美術展第9回目入選作品

諫早記念病院に寄贈
  
父の入院見舞いの折りに諫早記念病院で母と撮影


高城公園



「干拓前の諫早湾」
 


「干拓前の諫早湾」
これは母の作品。諫早湾の潟の感じが良く出ています。向こうの山は雲仙です。澪つくしの陰なども良く描けています。
  


「漁の帰りを待つ女
毎朝5時頃に写生に出かけていておばさん達とすっかり仲良くなったそうです。
2004.11.1撮影
この写真が上の絵に描かれた桟橋だなんて、信じられません。



「太良海岸の採砂船」
この砂を使って埋め立てをしたそうです。



「紅葉の雲仙



「生月の海岸」



「故郷平戸の風景」

絵画教室入って初めて描いた作品



「大村公園の群鶏」

平成7年長崎県日本画展出品作品



「なかよし

平成9年度長崎県日本画展出品作品


「絵が若い」と審査員の先生の評をいただいたそうです。今年の年賀状はこれに決まり。



初期の作品・長崎の絵画教室の近くの寺の境内にて写生



「黒木渓谷」
父の初期の作品
諫早市民展初出品作品

諫早文化協会賞受賞作品




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